永代供養墓建立の願い

永代供養墓建立の願い

皆、かけがえのない人たち

私は、社会福祉士として2004年より成年後見活動に取り組ませて頂いておりますが、これまでに出遭った多くの方が、不幸にも親族等から関わりを遮断された(或いは、ご本人から関わりを拒否した)人たちでした。
私にとっては、家庭裁判所を通して後見人として、たまたまご縁を頂いた人たちですが、皆、かけがえのない、また、出遭うべくして出遭った人たちでもあります。
人の一生は、決して順風満帆なものではありません。いかにも幸せそうに営まれていた家庭にあっても、何らかの出来事で家族が離散してしまうという悲しい現実が数多くあります。
愛しい家族と別れて一人で暮らしているうちに判断能力等が低下し、福祉的なサービスを利用するにあたって、ご本人の権利を擁護し支援する必要性が求められる時に成年後見人等が選任されます。

この方と最期までお付き合い

私は、家庭裁判所からご本人の後見人に選任されたとき、必ず、この人と最期まで信頼関係を築きながらお付き合いさせて頂く、という決意をもちます。
ご本人がお住いのご自宅や施設、病院等を日常的に訪問して意思疎通をはかり、心身状況等を確認し、ご本人に必要な法律行為等を代理するという日々が続きます。
誰も面会にも訪れない施設や病院で、唯一ご本人の元を訪ねる私を、ご本人の皆が、歓迎して下さいますが、そのような暮らしをされておられるご本人も、やがて体調が衰弱してご逝去されることになります。

僧侶でもある私の務め

僧侶である後見人の私は、誰もお参りのない葬儀屋さんのご遺体安置所で通夜のお勤めを上げ、葬儀を行い、お骨を拾いに行くことが常となってしまいました。
葬儀後、各地の市役所等で相続人の調査をかけ、判明した相続人宛にご本人死亡の連絡と相続財産引き渡しの通知を出しても、すぐに応じて下さる方はまれです。約1年も経って、ようやく連絡が通じるということも珍しくありません。
そのようにして、ご本人の残された財産を引き継ぐのですが、どうしてもお骨だけは残ってしまいます。
親族関係が離散した経緯もあって、また、相続人さんも新たなご家庭を営んでいることもあって、お骨の引き取りは困難となってしまいます。

永代供養墓建立の願いを

私は、ご本人との不思議な、かけがえのない出遭いを頂いたそのご縁を大事にしたく、お骨を自坊へ持ち帰り、本堂須弥壇裏の遺骨安置棚へ納めてきましたが、収容しきれなくなって、2017年11月に祐善寺境内に永代供養墓を建立しました。
現在、この合祀墓には、私が後見人としてご縁を頂いた方々や、同僚の社会福祉士後見人、私の活動を新聞等で知った方々等からのお骨が40数体、納まっています。
それぞれのお骨には法名が授けられ、命日別過去緒に記帳されて、毎月命日には、同日にお浄土へ還られたご門徒方々と一緒に法名を読み上げ、読経させていただいているのです。
ご門徒の方々であれ、後見人としてご縁を頂いた方々であれ、今や、お浄土で諸仏となっておられることに心を馳せ、毎月巡って来るご命日の朝夕に本堂で法名とお名前を読み上げ読経するや、ご支援を頂き、お一人お一人とご一緒させて頂いた在りし日がよみがえってきて、とても有難いひと時になります。

親鸞聖人のこのお言葉がこの世を導く

永代供養墓には、『歎異抄』から親鸞聖人のお言葉を刻んでいただきました。

一切の有情は
みなもって
世々生々の
父母兄弟なり

まさに、親鸞聖人のこのみ教えに導かれて、この永代供養墓建立の願いが成就したと言っても過言ではありません。
たまたま出遭った、いや、出遭うべくしてご縁を頂いたご本人のお骨を、永代供養墓への納骨というかたちでお取り扱いさせて頂いてきたのは、まさに「一切の有情は/みなもって/世々生々の/父母兄弟なり」であるからなのです。
それは、血縁とか地縁とかの、すぐに途切れてしまう薄っぺらな“縁”ではなく、親鸞聖人のこの同朋思想こそ、急速に無縁社会化してきている現代社会の津々浦々によみがえって欲しいと念ずるばかりなのです。

合掌

祐善寺住職・社会福祉士 岡 﨑 賢

2017年5月12日 福井新聞
2018年6月4日 福井新聞
2021年5月24日 福井新聞